東京高等裁判所 昭和62年(行ケ)118号 判決
一 本件に関する特許庁における手続の経緯、本願発明の要旨及び本件審決理由の要点が原告主張のとおりであること、第一引用例に、プラスチツク飲料容器の製造に当たり透明酸化鉄を〇・〇三phrないし〇・五phrの濃度で配合すること及び右配合によつて紫外線を有効に遮断でき、透明なアンバー色の容器が得られることが示されていること、右に「透明酸化鉄」とは、染料の透明性と通常の酸化鉄が有する耐光性とを有し、プラスチツクの透明性を保持したまま優れた耐紫外線性を与える酸化鉄という意味であり、本願第一発明における特定の酸化鉄も第一引用例記載のそれと同一趣旨のものと解されること、本願第一発明では、粒子径が〇・〇一μないし〇・〇三μの透明酸化鉄を用いるのに対して、第一引用例はこの点について触れていない点で本願第一発明と第一引用例記載のものとは相違すること、及び第二引用例ないし第四引用例に本件審決認定のとおりの事項が記載されていることは、当事者間に争いがない。
二 取消事由に対する判断
1 本願第一発明の発明の容易性についての判断は誤りであるとする主張について
(一) 一致点の認定は誤りであるとする主張について
(1) 前示本願第一発明の要旨及び成立に争いのない甲第二号証(特公昭五八―三四九七号特許公報。以下「本件公報」という。)を総合すると、本願第一発明は、各種容器類等の素材として利用されるPET樹脂の着色組成物に関する発明であつて、従来、プラスチツク材料に透明度の高い着色を施すために用いられていた染料系の色材である油溶性染料には、移行性(着色されたプラスチツク材料からの色材の溶出)という欠点があり、また、顔料系色材には移行性は少ないが、色材が樹脂中に粒子として存在するため透明度の点では大幅に劣るという欠点があつたことから、本願第一発明は、透明度の高い茶系統の色を発現するPET樹脂着色透明組成物を得ることを目的として、本願発明の要旨1(本願明細書の特許請求の範囲1の記載と同じ)記載のとおりの構成を採用したもので、特に特定範囲の粒子径を有する酸化鉄を用いるという構成を採用したことにより、右酸化鉄をPET樹脂に対し特定の重量部割合で添加するという構成と相まつて、従来の色材のような欠点のない、すなわち、色溶出のない着色透明組成物を得ることができるという効果を奏し得たものと認められる。そして、前掲甲第二号証によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、本願第一発明において「〇・〇一μないし〇・〇三μ」という特定範囲の粒子径の酸化鉄を用いるという構成を採用した理由について、「酸化鉄の粒子系を〇・〇三μ以下としたのはこの数値を越える粒子径のものではPET樹脂の透明度が失われるからであり、また、〇・〇一μ未満のものでは経済上、技術上の理由からその製造が困難であり、分散性も悪い。」(本件公報第二頁第三欄第二四行ないし二八行参照)との記載が、また、右酸化鉄の添加量を「〇・〇〇一部乃至二・〇部(重量部)」とする構成を採用した理由について、「〇・〇〇一部未満では殆ど着色の効果がなく、また二・〇部を越えるとPET樹脂の透明度が失われるからである。」(同第三欄第三〇行ないし第三二行参照)との記載があることが認められ、右によれば、本願第一発明における前記酸化鉄の粒子径及び添加量(重量部割合)の限定は、透明度を保持するという観点からなされたものと認められる。
(2) 他方、成立に争いのない甲第三号証(第一引用例)によれば、第一引用例には、右透明酸化鉄顔料を用いることのできる樹脂に関して、「透明酸化鉄は、染料としての透明性と通常の酸化鉄なみの光耐久性をもち、きわめて低濃度(〇・〇三重量部)をアクリルニトリル、ポリエステル、ポリスチレン、ビニル樹脂、ポリカーボネートのようなプラスチツクに配合すれば、プラスチツクは透明でありながら、有害な紫外線を遮断する。」(同号証第八五頁第19図の下第一行ないし第七行)との記載が存することが認められる。そして、右「ポリエステル」に関しては、第一引用例中に「ポリエステル」に関しては、第一引用例中に「ポリエステル(テレフタレートタイプ)」(甲第三号証第八〇頁左欄第六行)、「ポリエステル(ポリエチレンテレフタレート)」(同号証同頁左欄表1)との記載が存することが認められるほか、成立に争いのない乙第一号証の二(昭和四九年三月二八日社団法人日本合成樹脂技術協会発行「プラスチツク包装材料要覧」第六九頁)には、フイルムとして用いられるのは、この熱可塑性のポリエステルで……飽和ポリエステルともいわれる。飽和ポリエステルの中では、……ポリエチレンテレフタレートがもつとも広く用いられている。……ポリエチレンテレフタレートがもつとも一般的である。ポリエステルフイルムといつた場合、……ポリエチレンテレフタレートフイルムを指すことが多い。」(同頁左欄第一七行ないし第二八行)との記載が、また、成立に争いのない乙第二号証の二(昭和四三年一〇月一〇日財団法人日本生産性本部発行「食品包装技術便覧」第八二四頁)には、「ポリエステルはポリエチレンテレフタレートと呼ばれるプラスチツクの略名で、テレフタル酸とエチレングリコールとの縮合物である。」(同頁第二行ないし第三行)との記載が存することが認められ、これらの記載によれば、ポリエステルといえばPET樹脂を指すものと解するのが通常であることが認められ、したがつて、第一引用例中のポリエステルとはPET樹脂を指すものと解するのが相当である(なお、前掲乙号各証は、審判手続で現れていなかつたが、同引用例に記載された「ポリエステル」の意義を明らかにするため用いたもので、もとより本訴においてこれを証拠とすることは許される。)。
そうだとすれば、第一引用例には、透明酸化鉄を、〇・〇三phrないし〇・五phrの濃度でPET樹脂、すなわち、テレフタレート型のポリエステルに適用できることが示されているものと認められる。
(3) そして、前示のとおり、第一引用例に、プラスチツク飲料容器の製造に当たり、透明酸化鉄を〇・〇三phrないし〇・五phrの濃度で配合すること、及び右配合によつて紫外線を有効に遮断でき、透明なアンバー色の容器が得られることが示されていること、右に「透明酸化鉄」とは、染料の透明性と通常の酸化鉄が有する耐光性とを有し、プラスチツクの透明性を保持したまま優れた耐紫外線性を与える酸化鉄を意味し、本願第一発明における特定の酸化鉄も右酸化鉄と同一趣旨のものと解されることは当事者間に争いがなく、右事実に前記(2)認定の事実を総合勘案すれば、本願第一発明と第一引用例記載のものは、透明酸化鉄を顔料としてPET樹脂に対して共通した範囲で添加したPET樹脂の着色組成物である点で一致するものと認められるのであつて、これと同旨の本件審決の認定判断に誤りがあるとはいえない。
(4) 原告らは、本願第一発明の対象であるPET樹脂は結晶性樹脂であつて、使用する添加剤の種類及び粒径、濃度、特に粒径によつては、それらが結晶核剤ともなつて結晶化が促進され、白濁を起こし透明性が失われるという、他の汎用樹脂とは全く異なつた極めて特異な性質を有するものであるのに対し、第一引用例記載の発明は、顔料粒子が結晶核剤となるおそれの全くない非結晶性樹脂であるポリスチレンを対象とする発明であり、同引用例に記載されているポリスチレン樹脂やポリカーポネート樹脂、アクリル樹脂等も酸化鉄顔料の配合によつて樹脂自身が結晶化して白濁を生じるおそれのない非結晶性樹脂であるから、これらの樹脂に酸化鉄顔料を配合して所期の目的を達し得たとしても、そのことから直ちに右顔料を結晶性樹脂であるPET樹脂にも適用できると結論づけるのは余りにも早計すぎる旨主張するが、前認定のとおり、第一引用例には、その対象として、ポリスチレン樹脂やポリカーポネート樹脂、アクリル樹脂と並んでプラスチツク飲料容器用樹脂としてポリエステル、すなわちPET樹脂が明記されており、しかも、前掲甲第二号証(本件公報)によれば、本願明細書の発明の詳細な説明の欄には、PET樹脂の結晶化による白濁に関しては、「なおPET樹脂が結晶化すると白濁するので、本発明においても成型方法に充分注意して透明度を保つ必要があり、使用する押出機は従来公知のものを使用してもよいが好ましくは適切な設計に基く専用機がよい。」(本件公報第二頁第三欄第四三行ないし同頁第四欄第三行)とPET樹脂の結晶化による白濁が成形方法と関係がある旨の記載はあるものの、PET樹脂の結晶化による白濁に酸化鉄顔料の粒子径が寄与していることをうかがわせる記載や前記粒子径の上限を限定した理由がPET樹脂の結晶化による白濁を防止する点にあることを示唆する記載は何もなく、むしろ、前記一(1)で認定したとおり、粒子径の上限を〇・〇三μと限定した理由については、「この数値を越える粒子径のものではPET樹脂の透明度が失われるからであり」と顔料の粒径と透明度それ自体との関係が明記されているのであつて、こうした本願明細書の記載にもかかわらず、PET樹脂自体の結晶化による白濁の主たる原因が顔料の粒子径の大きさにあるとする原告の前記主張は、その前提において失当であり、採用することができない。
(二) 相違点に対する判断は誤りであるとする主張について
(1) 第二引用例ないし第四引用例に本件審決認定のとおりの事項が記載されていることは、当事者間に争いがなく、更に、成立に争いのない甲第四号証(第二引用例)によれば、第二引用例には、「小さい粒径が透明性の理由である」(同号証第一一八頁の第1表の上第二行ないし第一行)との記載が、成立に争いのない甲第五号証(第三引用例)によれば、第三引用例には、「酸化鉄顔料は、顔料粉末と透明ワニスからの分散体が透明な層を生成する場合に透明であるとみなされる。これは一般に顔料の粒径が可視光線の波長以下である場合に相当する。」(同号証第一頁右下欄第三行ないし第六行)との記載があり、成立に争いのない甲第六号証(第四引用例)によれば、第四引用例には、「本発明は微細な酸化鉄顔料の製造法に関するもので、その目的とするところは五〇~二〇〇Åの平均粒子径で極めて均一で……更に透明性にすぐれ且つ色彩の鮮明な酸化鉄顔料を提供するところにある。透明性の酸化鉄顔料は各種のメタリツク塗装あるいはプラスチツク、建材等の着色……等多くの用途をもつものであり、これらの用途に供する為には二〇〇Å以下好ましくは一〇〇Å以下の微細な粒子であり、且つ鮮明な色彩を有し、作業上は各種媒体への分散性が良く、吸油量の少ないものでなければならない。」(同号証第一頁第二欄第七行ないし第二〇行)との記載があり、また、成立に争いのない甲第七号証(特開昭四九―九六〇一四号)には、「本発明に使用する透明酸化鉄とは平均粒子径が〇・〇二~〇・四ミクロンの黄色~赤色顔料であり」(第一頁右欄第一三行ないし第一四行)との記載があり、同じく成立に争いのない甲第八号証(特公昭四七―一九五一二号)には、〇・〇二μないし〇・一μの粒径をもつた透明酸化鉄顔料が紹介されていることがそれぞれ認められ、このような記載からは、酸化鉄顔料は、その分散体が透明な層を生成する場合に透明とみなされ、それは一般に顔料の粒径が可視光線の波長以下である場合に相当すること、及びその粒径は〇・〇〇五μないし〇・四μの範囲のものを指すものであり、ワニス及びプラスチツクにも用いることができるものであることが認められる。(原告は、第四引用例は酸化鉄顔料のラツカー塗料への分散に関する技術である旨主張するが、同引用例をそのように限定して理解すべき根拠はない。)しかして、第二ないし第四引用例に示された粒径を勘案すると、〇・〇〇五μないし〇・四μの範囲の透明酸化鉄顔料のうちでも、比較的数値が近接している〇・〇〇五μないし〇・〇二μの範囲における平均粒径のものが通常用いられる範囲と解するのが相当である。
(2) そこで、酸化鉄顔料の粒径値につき、本願第一発明の規定する範囲(〇・〇一μないし〇・〇三μ)と右認定に係る通常用いられる平均的な範囲(〇・〇〇五μないし〇・〇二μ)を対比すると、前者の下限値は後者の範囲に含まれ、また、前者の上限値は後者のそれを超えるが近傍にあるということができるから、本願第一発明の規定する範囲は通常用いられるものと大差なく、前記のように本願第一発明の目的が着色の際の透明性の保持にあり(樹脂の白濁化と酸化鉄顔料の粒径の関係が本願明細書によるも明らかでないことは既に述べたとおりである)、PET樹脂が通常の範囲の近傍にある粒径の酸化鉄顔料の使用を困難とする特段の事実も認められない以上、酸化鉄顔料の粒径の大小による分散性の程度や透明度に対する影響の程度を考慮して、使用する透明酸化鉄顔料の粒径を本願第一発明のように〇・〇一μないし〇・〇三μと限定することに格別の困難性が存するものとは認められないし、前記各引用例の記載と対比し、右の限定により格段の効果を奏したものと認めるに足りる証拠もない。
(3) 確かに原告らが主張するように、第二引用例ないし第四引用例には、具体的にPET樹脂との関係で透明酸化鉄顔料が示されているわけではないが、既に認定したように、第一引用例には透明酸化鉄を顔料としてPET樹脂に適用できることが示されており、このことを前提に本願第一発明は、透明酸化鉄を顔料として第二引用例ないし第四引用例に記載された通常の粒径のものをPET樹脂に用いたに過ぎないものであるから、第二引用例ないし第四引用例にPET樹脂との関係で透明酸化鉄顔料が「示されていなくとも、それをもつて右特定の粒径の透明酸化鉄の採用を困難ならしめる事項と解することはできず、したがつて、原告らの右主張は採用することができない。
2 判断遺脱の主張について
特許法第三八条ただし書は、特許出願は発明ごとにしなければならない旨規定する同条本文の例外として、二以上の発明であつても、特許請求の範囲に記載される一の発明(特定発明)に対して同条各号に掲げる関係を有する発明については、特定発明と同一の願書で特許出願をすることができる旨規定しているところ、右規定は、二以上の発明について願書を同一にする複数の特許出願をすることができる旨定めたものではなく、手続上の便宜から二以上の発明について願書を同一にする一個の特許出願をすることができる旨定めたものと解するのが相当である。そうであるとすれば、特許法第三八条ただし書の規定に基づく特許出願は、一つの発明について拒絶理由があるときには、その余の発明について拒絶理由があるか否かにかかわらず、同法第四九条の規定により拒絶すべきものというべきであり、本件審決は、右と同旨の判断をしたものと解されるから、その判断は相当であつて、本件審決に原告ら主張のような違法の点はないものといわざるを得ない。
三 以上のとおりであるから、その主張の点に判断を誤つた違法のあることを理由に本件審決の取消しを求める原告らの本訴請求は、理由がないものというほかはない。よつて、これを棄却することとする。
〔編注〕本願発明の要旨は左のとおりである。
1 〇・〇一μ乃至〇・〇三μの粒子径を有する酸化鉄Fe2O3・xH2Oをポリエチレンテレフタレート樹脂一〇〇部に対して〇・〇〇一乃至二・〇部(重量部)添加したことを特徴とするポリエチレンテレフタレート樹脂の着色組成物。
(以下「本願第一発明」という。)
2 〇・〇一μ乃至〇・〇三μの粒子径を有する酸化鉄Fe2O3・xH2Oをポリエチレンテレフタレート樹脂一〇〇部に対して〇・〇〇一乃至二・〇部(重量部)及びエチレンビスステアリン酸アミドの〇・〇〇一乃至一・五部(重量部)添加したことを特徴とするポリエチレンテレフタレート樹脂の着色組成物。(以下「本願第二発明」という。)